産経新聞に掲載されました


平成16年(2004年)7月1日 木曜日

かがやく    わたし流

「キンキンキン」−。

張り詰めた空気の中、鋭い金属音が工房内に響き渡る。数字、カタカナなどが凸状に記されたたがねを金づちでたたき、アルミの板にペットの名前、飼い主宅の電話番号を刻印。糸のこで「型」通りに切り取った後、周囲を丁寧にヤスリがけして仕上げる。

その間、約十分。熊をかたどった、かわいらしいペット用「迷子札」が出来上がった。

「没頭していると時間を忘れますね」

額に浮かんだ汗をぬぐいながら笑顔で話す大森さんは、犬、猫などの迷子札の製作、販売やペットシッターの仕事を行う「グッドビジネス社」の代表。ペットがより暮らしやすい環境をを目指そうと、平成十一年十二月に起業した。

「悩み?売り上げのことだけですよ」

快活に笑う姿は、パワフルな女性経営者そのものだ。聴覚に障害を持って生まれ、補聴器を付けた左耳だけがかろうじて聞こえる程度―というハンデはほとんど感じさせない。

起業家 大森もと子さん

障害乗り越えペットビジネス

「ようやく好きなことに専念できるようになりましたから。今は楽しいだけです」

こともなげに話すが、ここに至るまでの道のりは、苦労と、それを乗り越えるための努力の連続だった。

高校卒業までは「コンプレックスの塊」だった。聴覚障害があるため勉強が苦手で、「周囲に対し、劣等感を抱いていました」。

美術系の短大に自力で合格した成功体験が自信となり、「何でもやってやろう」という前向きな生き方に転じることができた。彫金の勉強、自作のアクセサリー販売、結婚、出産と、「二十代はそれまでの鬱屈を跳ね除け、思うように生きた」と振り返る。

ところが、好事魔多し。三十代半ばのころ、夫が過労で倒れて失業。以後、入退院を繰り返し、十分働けない体となってしまう。「幼い子供二人を抱え、どう生きていけばいいのか…。人生のどん底でした」

生活費を稼ぐため、パートや嘱託社員として勤務。「障害を言い訳にせず、必死に頑張った」結果、仕事ぶりを認められ、周囲から一目置かれる存在となった。

だが、物足りなさも感じていた。特に「障害者枠」での採用だった嘱託社員時代には「自分がほんとうに満足できることをやりたい」という気持ちが日に日に強まっていった。

頭にあったのは、ペットに関する仕事だ。「結婚するなら猫好きの男性」と決めていたくらいの、大の動物好き。また、「つらいときや落ち込んだとき、いつもそばで支えてくれたペットに恩返しをしたい」との思いもあった。

十一年にペットシッターの資格を取得。出社前や退社後の時間を使い、飼い主不在時にペットの世話をするペットシッター業をスタート。二年後には、ペットの迷子を減らそうと名札「迷子札」の製造、販売に乗り出した。

「軽くて丈夫、しかもデザイン性の高いものがなかった。私が『ほしい』と思うものを作れば、もっと迷子札が広まるのでは、と考えました」

ホームページを作って販売を始め、ペットショップなどへ販路を拡大。動物への「愛」がこもった商品は利用者の評判も高く、注文は徐々に増えているという。

仕事が軌道に乗ったのを機に、勤務していた会社を昨年退職。今後はペットビジネス一本に絞り、勝負をかける。

「これまでの経験が、今の仕事にすべて生きています。障害だって私にとって財産。やるか、やらないか、それだけのことです」

柔和な表情がキリリと引き締まった。

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おおもり・もとこ 「グッドビジネス社」 代表。昭和29年、千葉県生まれ、49歳。52年、女子美術短大専攻科(金属工芸)を修了後、彫金学校や工芸作家のもとで腕を磨く。「迷子札」はアルミ、真鍮(しんちゅう)、銀などの土台に、ペットの名前、電話番号を刻んだもので、300種類以上、そろう。詳しくは迷子札(http://www.petmedal.net)、ペットシッター(http:www.petban.com)

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文・写真 竹岡伸晃

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この掲載は、産経新聞記者竹岡様に掲載許可をいただいております。

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